大判例

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宮崎地方裁判所 昭和54年(ワ)305号 判決

原告

前田千代

原告

前田真弓

右原告ら訴訟代理人

大江篤彌

被告

清泰洋

右訴訟代理人

佐々木正泰

佐々木曼

主文

一  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告前田千代の請求の判断

一当事者間に争いのない事実

原告主張の請求原因(一)ないし(三)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二再審取消判決と競落人の所有権の帰すう

原告らは請求原因(五)において本件再審判決による確定判決の取消に基づき、競落人の所有権が覆滅し、悪意取得者である被告の本件土地建物の占有、登記の権原が失われると主張し、被告は悪意取得を否認しつつ、右確定判決の取消により強制競売は無効とならないと主張して争い、これが、本件の主要な争点となつているので、以下、この点につき検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すると、

(1) 昭和四五年七月三〇日、株式会社マルゼンは大阪地方裁判所で平山大に対する前田富美雄の身元保証に基づき平山の損害賠償義務の履行請求権を被保全権利とする本件甲土地及び本件建物につき仮差押命令を得て、翌八月一日その旨の登記がなされた。

(2) 同年八月二八日、前田富美雄は長男である原告真弓に対し本件乙土地につき昭和四三年一二月二〇日売買を原因とする所有権移転登記を了した。

(3) 同四五年八月三一日、前田富美雄は株式会社マルゼン(代表取締役池上武義)に対し右身元保証は平山の偽造によるものであるとして前記仮差押に抗議する旨の文書を作成し、翌九月一日これを内容証明郵便で発送した。

(4) 昭和四七年二月一九日、大阪地方裁判所は原告株式会社マルゼン、被告前田富美雄間の損害賠償請求事件につき、身元保証書中同被告名下の印影が同人の印章により顕出されたものと認めて、身元保証契約を認定し同被告に対し金四〇二万六、三八六円と遅延損害金の支払を命ずる判決を言渡し、この判決は上訴期間徒過により確定した。

(5) 同年五月三一日、株式会社マルゼンは右確定判決に基づき本件甲土地、本件建物につき強制競売を申立て翌六月一日その旨の登記がなされた。

(6) 同年八月二三日、株式会社マルゼンの代表取締役であつた池上武義は個人で右強制競売により本件甲土地、本件建物を競落してその所有権を取得し、同年一〇月六日その旨の登記を了した。

(7) 同年一一月七日株式会社マルゼンは本件乙土地につき大阪地方裁判所で処分禁止の仮処分を取得してその旨の登記をした。

(8) 同年一二月一九日株式会社マルゼンは前田富美雄、真弓に対し詐害行為取消権に基づき前示(2)の乙土地に対する所有権移転登記手続抹消等請求事件を提起した。

(9) 昭和四九年一月二四日池上武義の代理人弁護士中島三郎は前田富美雄に対し、同人が甲地上に建物を所有して同土地を不法占拠しているとしてその収去明渡を要求する旨の内容証明郵便を出している。

(10) 同年八月三一日右富美雄の妻である原告千代は本件甲土地上に木造瓦葺平家建の居宅につき昭和三六年一〇月一〇日建築を原因とする保存登記を了した。

(11) 同年一〇月三一日、被告は本件甲土地、本件建物を池上武義から同年一月一〇日に買受け、その売買を原因とする所有権移転登記を了した。

(12) 同年一一月一八日平山大は自己が前示(一)記載の前田富美雄名義の身元保証書を偽造した旨を大阪地方検察庁に自首した。

(13) 昭和五〇年五月一九日、大阪地方裁判所は原告株式会社マルゼン、被告前田富美雄、同真弓とする昭和四七年(ワ)第五七八九号所有権移転登記抹消登記手続等請求事件につき、詐害行為を理由として前示(2)の本件乙土地の売買契約を金二四三万二、三四四円及びこれに対する昭和四七年一〇月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の限度で取消す旨の判決を言渡した。

(14) 同年七月四日平山大は宮崎地方裁判所で私文書偽造同行使罪により懲役一年六月を言渡され、同月七日これが確定した。

(15) 昭和五三年五月八日大阪地方裁判所は再審原告前田富美雄、再審被告株式会社マルゼンとする損害賠償請求再審事件につき前示(4)の確定判決を取消し、再審被告の請求を棄却するとともに、強制競売による配当金二〇五万九、六七五円を不当利得の返還としてその支払を再審被告に命ずる旨の判決を言渡し、この判決は同年一二月三一日確定した。なお、その後、原告前田千代は右判決に基づき六八万二、二〇〇円を取立てたが、その余は回収不能となつている。

(16) 同年一〇月二三日、前田富美雄死亡。

(17) 同年一二月頃被告は新聞で前示(15)の再審訴訟のことをはじめて知るにいたつた。

以上の各事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

(二)  強制競売は実体法的側面からみれば競売期日の公告が売買の申込の誘引であり、競買の申出が買受の申込、競落許可決定がその承諾であつて、これにより売買契約が成立し、その効果として所有権の移転と競落代金支払義務が生ずるのであつて、売買契約たる性質を有する(民五六八条参照)。

一方、これを手続法的側面からいえば、国家の機関である執行裁判所が法律上付与された強制的売却権に基づき債務者所有の競売物件をその意思に反して強制的に売却し、任意の第三者である競落人にその所有権を移転し同人に代金支払義務を課するとともに、その代金完納によつて終局的にその所有権を取得させるものであつて、訴訟法的性質を有する。

ところで、強制競売開始の手続法的要件である債務名義の存在は(民訴法旧六四二条、民事執行法二二条)、これを債務者と競落人間の実体法的側面から考察すると、売主たる債務者の売渡意思及び売却権限授与に代るべきものとして法が執行裁判所に強制売却権を付与するための要件としたものというべきである。

したがつて、債務名義が無効又は不存在の場合には、たとえ執行法上競落人が競売代金を完納して終局的に競落物件の所有権を取得したものとされていたとしても、債務名義がはじめから全く存在しないものというべきであつて、もともと執行裁判所に対する債務者の売渡意思及び売却権限付与に代るべきものがなく、結局はじめから執行裁判所に強制売却権限がなかつたものといわねばならないのであつて、実体法的には競売物件の所有権は競落人に移転せず、依然債務者に残存しているものというべきであるから、このような強制執行手続は債務者に対する関係において債務名義なくしてされたものとして無効であり、競落人は債務者に対して競落によるその所有権の取得を主張できないと解する(最判昭四三・二・二七民集二二巻二号三一六頁、最判昭四八・四・三裁判集民事一〇九号一頁、最判昭五〇・七・二五民集二九巻六号一一七〇頁)。けだし、この場合には全く債務者に売却の意思を欠き、無権代理行為と異ならないというべきだからである。

これと異なり、競落当時有効な債務名義が存在したが、競落人が競落物件の所有権を取得した後、例えば債務名義である仮執行宣言付判決が後に上訴審で取消された場合などには競落人が悪意取得者であるなど特段の事情がない限り債務者は競落人に対し、取消による遡及的無効と、これによるその所有権の存在を主張できないものと考える(大判昭四・六・一民集八巻五六五頁、大判昭七・六・一〇民集一一巻一三九四頁参照)。

けだし、このような場合には有効な債務名義が強制競売当時存在した以上、これによつて競落物件の売却当時に債務者の売却意思と売渡権限付与行為に代わるものが存在したというべきであるから、これが後に取消された場合には、弁論主義、処分権主義の下における敗訴判決を受けた当事者の責任、第三者である競落人ないしその転得者の保護などを利益衡量して、その取消効は信義則上の一般悪意の抗弁ないし民法九六条三項、民法一一二条等を類推して、悪意又は重大な過失ある相手方に限り対抗でき、これを右以外の善意の第三者に対抗できないものというべきだからである。とくに、仮執行宣言付判決を上訴審で変更する場合に民訴法一九八条は、本案判決の取消によつても、強制執行自体が失効しない場合があることを前提として、原告に不当利得による現状回復及び損害賠償を命ずる旨を定めていることからも前示競落人への所有権の取得を窺知できる。

このことは、次の理由により確定判決の再審判決による取消の場合にも異なるところがないと考える。即ち、①仮執行による競落人ないし取得者の所有権でさえ保護されるのだから、より強力な確定判決に基づく本執行による競落人ないし転得者の所有権のみが消滅するいわれないし、②再審判決の原判決取消の効果は形成判決の一として対世的であり、かつ遡及的であるが、それは再審判決の本来の効果である訴訟法的側面についてのみいえることであつて、その実体法的平面において形成の効果が善意の第三者に対する関係で制限することを妨げるものではなく、またそもそも再審判決(形成判決)の対世効の本質である一般的承認義務ないし万人承認義務は本来前示訴訟法的側面の承認を要求するにすぎないと解すべきだからである。

(三)  そこで、本件競落人池上武義及び承継人である被告につき、再審理由の存在につき悪意もしくは重過失の存否を検討する。

〈証拠〉を総合すると、富美雄は女婿である訴外平山大の身元保証人としての責任を株式会社マルゼンから問われた大阪地方裁判所昭和四五年(ワ)第四七八一号損害賠償請求事件(後に確定判決がなされたもの)の弁論において既に右身元保証契約書の偽造を主張していたこと、池上武義は右株式会社マルゼンの代表取締役であつたから、富美雄の右主張を右訴訟当時から知つていたが、右契約書が真正に成立したものと信じて訴訟を追行し勝訴判決を得たこと右平山が右身元保証契約書を自分が偽造した旨を大阪地方検察庁に自首したのは、本件競落後の昭和四九年一一月一八日であり、右自首後にこれを契機として再審の訴が大阪地方裁判所に提起されたことが認められ、以上の事実及び前認定二(一)の各事実を考え併せると、右池上が右訴訟中に前示偽造の可能性につき疑いを差挾む機会を持ちえたといえるとしても、右判決が上訴期間の徒過により確定した以上、その疑いの合理性は払拭され、それが危惧にすぎなかつたと考えるに至るのが人情の自然であつて、株式会社マルゼンが本件不動産の競売を申立て、これに応じて本件競落をなした右池上が再審理由の存在につき、悪意もしくは重過失があつたということができないことが明らかであり、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

競落人池上武義につき、右のとおり、悪意もしくは重過失の事実が認められない以上、同人の特定承継人である被告につき悪意もしくは重過失の存否を論じるまでもないが、仮りに被告につきその存否の判断を要すると考えても、本件全証拠をみてもこれを認めるに足る的確な証拠がないし、前認定二(一)の各事実、とくに(11)(12)(14)(15)(17)を総合すると、被告が右池上から甲土地及び本件建物を譲り受けたのは昭和四九年一月一〇日であり、前記平山の自首前の昭和四九年一〇月三一日に既にその所有権移転登記を受けていること、被告が再審訴訟を知つたのは昭和五三年一二月頃新聞紙上で見たのが最初であつたことが認められこれらの事実に照らすと、被告に悪意もしくは重過失があるといえないことが明らかである。

以上の事実によれば、確定判決の再審判決に基づく取消による強制執行の覆滅はこれをもつては被告に対抗することができないのであつて、原告前田千代は被告に対し、甲土地及び本件建物の所有権を主張することができず原告主張の請求原因(五)の事実を認めることができないから、結局原告前田千代の請求は、その余の判断をするまでもなくその理由がないものというほかない。

本件再審判決による原告前田千代の救済は再審被告である株式会社マルゼンに対する不法行為又は不当利得による金員の支払請求によるほかなく、本件のようにその回収が不十分であるからといつて、不動産の競落人又はその譲渡人に不動産の引渡を求めることはできない。〈以下、省略〉

(吉川義春 三谷博司 白石研二)

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